12月のこころ

クラフトの旅

旅行時期 2017/09/30 - 2017/09/30
北へ || -ポルトガルの村祭り- 藤原暢子写真展を見に吉祥寺のmonoギャラリーさんを訪問。

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-
  • テーマ:吉祥寺monoギャラリーさんに藤原暢子さんの写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-を見に訪問
  • エリア:吉祥寺駅徒歩5分monoギャラリー
  • エリアの満足度:今年二度目の吉祥寺。若い人も多くて町の人波に圧倒されます。写真展はとても素晴らしく、また機会あれば出かけたいです。

12月のこころ、で写真展の報告をしたのは初めてのことです。(記憶が正しければ)日本ポルトガル協会のページに紹介されていたのを見て、とても訪問したくなりました。「ポルトガル」や「村」「祭り」という言葉のほかに「ケルト」という言葉が引き寄せました。私が初めてポルトガルを訪れたのは2011年ですが、それと前後してケルト文化にも非常に関心が湧き、古本屋さんに通ってはケルト文化を書いた本を探した時期があったからです。さらに写真展の案内の写真が、見たこともない衣装姿だったことも理由です。本当なら会期中に紹介して多くの人が見に行けばいいな、と思いましたが、結局あとになってしまいました。なので雰囲気だけ伝わるよう撮った写真を並べます。

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

場所は吉祥寺のmonoギャラリーさん。駅から徒歩5分の近さです。

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原さんは武蔵野美術大の出身で、在学中にポルトガル留学されていたそうです。今はポルトガルだけでなく日本のお祭りの写真を撮る写真家です。今回の写真展の対象は、ポルトガル北部の村ですが、おそらく日本人でそこまで行ったことがある人は(もしいたとしても)極わずかでしょう。

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

Grijo de Parada(グリジョー・デ・パラーダ)という村のお祭り風景写真が展示されていました。毛むくじゃらの衣装に被るお面は金属製。ロスカという大きな輪になったパンをお祭りの時に各家庭から集め、それを配って食べるそうです。パンは太陽の形を表現したもので、冬至の日に人々が求めていたものがわかります。

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

ブリキでできたお面です。会場入り口付近に飾ってあり、来場者の注目を集めていました。

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

Ousilhaoオウジリョンという村のお面は、木でできているものが主流。祭りの日はポルトガルのバグパイプと大太鼓小太鼓の音楽隊とカスタネットを持った男たちが村の家を回り、仮面をつけた人達はイタズラをしたり脅かしたりするそうです。

わらの衣装を着て鬼の仮面をつけて、村を廻り子供たちを驚かしていく、日本のなまはげにそっくりではありませんか!!

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

藤原暢子写真展 北へ||-ポルトガルの村祭-

写真で紹介された村はポルトガルの北部ブラガンサという都市から少し離れたところにある村なそうです。そのブラガンサにお祭りを紹介するミュージアムがあって、そのカタログには、日本の能面としか見えないようなお面が掲載されていました。これまたびっくり!です。

ケルトの人達がこの地にとどまって文化を継承しているそうですが、自然を畏敬、崇拝し、共に生きる人達の文化を見たような気になりました。冬の長い土地の人にとって冬至は一年の折り返しの日。それを祝う祭りの意味を感じます。

写真撮って紹介してください、と藤原さんに言われたものの写真展の写真を撮ることに気が引けたのでご紹介するのはこれぐらいです。私が何度か訪問しているバルセロスの陶人形とは直接のつながりはないと思いますが、なんとなく人の心の奥にあるものに共通するところがあるように感じました。是非一度きこのお祭りの時に出かけてみたいものです。

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